インドネシアでの活動内容

活動のきっかけ

この事業が始まったきっかけの一つに東京フードの親会社である月島食品工業株式会社の創業者・橋谷亮助の存在があります。太平洋戦争末期、橋谷はインドネシア・スラウェシ島のゴロンタロ州に滞在し、綿花工場の稼働や農業指導などを行っていました。現地農民のひたむきさや真面目さに感銘を受けた橋谷は、日本に引き揚げて1948年に月島食品工業を創業した後、1981年に私財を投じてインドネシアからの留学生を支援する橋谷奨学会を設立しました。
時を経て2016年、この奨学会OBの一人が自国のカカオ普及に興味を持っていたことから、東京フードが本事業に乗り出します。かつて橋谷がそうしたように、今度は東京フードがチョコレートの主要原料であるカカオを通じて現地農民と共に歩んでいきたいと考えています。

活動地域について

東京フードが活動するゴロンタロ州ボアレモ県は、インドネシアのスラウェシ島北部に位置します。スラウェシ島の6つの州の中では、貧困率が最も高いとされる地域です。主要産業は農業で、トウモロコシやフルーツ、カカオなどを生産していますが、トウモロコシの栽培は伝統的な焼畑農法で行われることが多いため、緑地の減少やそれに伴う洪水の発生などが問題となっています。そこで、本事業ではカカオの木を増やすことを目標の一つとして掲げています。常緑樹であるカカオの木が増えることで森林保全や二酸化炭素排出削減が期待でき、また、カカオの収穫量が増えることでカカオ農家の生計改善にも寄与できます。
尚、本事業の取り組みは、独立行政法人国際協力機構(JICA)の「JICA-SDGsパートナー」に認定されています。
「JICA-SDGsパートナー」とは、JICAと契約、協定書または覚書等の締結の関係を有し、かつSDGsの達成に向けて取り組んでいる日本国内の団体(企業、自治体、大学、研究機関、等)を認定する制度です。

植物としてのカカオ

カカオはアオギリ科の常緑樹で、学名をテオブロマ・カカオと言います。テオブロマは、ギリシア語の「神様の食べ物」に由来しています。赤道を中心とする南北緯20度以内の熱帯地方で生育し、花が木の枝ではなく、幹に直接咲いて結実する「幹生花」です。この実はカカオポッドと呼ばれ、成長すると20〜30cmくらいの大きさになります。カカオポッドの中には乳白色の果肉(カカオパルプ)に包まれた種が30〜50粒ほど含まれています。これがチョコレートの原料であるカカオ豆となります。 木を植えてから2〜3年でカカオポッドが採れるようになり、しっかりとしたメンテナンスを行えば20〜30年に渡って収穫することができると言われています。

現地活動①
カカオポッドを害虫から守る

カカオポッドに袋を掛けることで、農薬などを使わずに害虫の被害を防ぐことができます。農薬を買うほどの経済的余裕のない農家に袋掛けの資材を提供しながらこのやり方を伝播することで、カカオポッドの収穫量増加に貢献しています。

現地活動②
発酵への取り組み

カカオ豆は収穫後に発酵させることで、チョコレートらしい香りの前駆体が発現しますが、インドネシアでは、伝統的に発酵させないことがほとんどです。本事業では、意欲のあるカカオ農家に発酵箱を提供し、共に発酵に取り組みながら、より品質の良い発酵カカオ豆の生産量増加を目指しています。また、農家が手間暇かけて発酵したカカオ豆を適正な対価で取引することで、農家の働きがいを後押ししています。

現地活動③
カカオ豆の乾燥

発酵させたカカオ豆は、水分を飛ばすために乾燥させます。乾燥が十分でないと、保管時にカビが生えてしまうのです。このとき、現地ではカカオ豆を地べたに広げて天日乾燥させることが多いのですが、台を設置して乾燥を行うことで異物混入などの汚染のリスクを軽減させることができます。品質の良いカカオ豆が生産できるよう、本事業では乾燥台を設置するための資材を提供しながら、台の上で乾燥させるメリットを指導しています。

現地活動④
手づくりチョコレート

カカオ農家が自分たちで育てたカカオを使って、自らの手でチョコレートを作れるよう加工技術の指導をしています。「地元で生産されたカカオ豆を農家自身が加工」という付加価値のあるチョコレートを現地の市場などで販売することで、農家の生計改善を目指しています。

現地活動⑤
撒水ポンプの寄贈

カカオの木の生育には水が欠かせません。現地農園では川から汲んだ水を使うことが一般的ですが、川から遠い農園では、農家が水を汲んで運ぶのが非常に負担となっています。その負担を軽減する為、川の水を汲み上げて搬送するポンプと貯水タンクを現地の農業組合に寄贈しました。水を撒くのが簡単になったことで、カカオの木が枯れずに育ちやすくなったとの声も農家の方からいただいています。